黒羽町文化複合センター

KUROBANE TOWN CULTURAL COMPLEX CENTER

設計・建築 中川巌・建築綜合研究所
構  造 梅沢建築構造研究所
設  備 総合設備計画
音  響 唐澤誠建築音響設計事務所
施  工 前田建設工業
敷地面積 36,669㎡
建築面積 2,835.71㎡
延床面積 4,339.24㎡
階  数 地上2階
構  造 鉄筋コンクリート造  エントランス屋根:鉄骨造
工  期 1994年5月~1995年8月

イギリスのある著名な演出家によると、古代の野外円形劇場は、必ず絶景の地につくられた。海を見下ろす絶壁の上や、遥か地平線を見渡せる丘の上で、演者と観客との関係だけではなく、自然や宇宙、あるいは神との関係を演劇空間の中に作り出そうとした、という。

イタリア、ローマのカラカラ浴場やベローナの古代競技場、スポレートの教会前広場などで行われる真夏の野外オペラでは、世界の超一流歌手の生の声が響き渡る。都市の豊かな空間演出のもとで、急造舞台でも、ダイナミックに歌いこなす彼ら世界的オペラ歌手の頼もしさに。つくづく感心させられる。

友人の劇場技術者によると、優秀な演出家は、どのような場所や状況下においても、それらの条件をうまく取り入れ、優れた演出を行うものだ、という。

 

黒羽町は人口17,000人、東北新幹線那須塩原駅の東約20㎞に位置し、かつて松尾芭蕉が奥の細道紀行の折、長逗留した地として、またヒノキとスギの産地としても有名であり、那珂川上流の最終港として栄えた町である。町を南北に流れる那珂川河岸の自然公園には、歴史的文化施設が数多く残っている。

敷地は、それらを見下ろす八溝県立自然公園の高台にあり、西には日光国立公園の山並みを、西北には茶臼岳を望む。また、本計画地一帯は、隣接した運動公園と共に、町の新しい文化レクリエーションゾーンとして位置づけられている。

本計画は当初、指名競技設計が行われ、われわれの案が最優秀案に選ばれた。施設はホール、図書館および保健センターとエントランスホールの3つの建物からなり、敷地の形状や起伏、森林への配慮をしつつ、配置計画を行った。東南から西北に向かっての眺望を生かし、図書館、保健センターの低層棟を配置し、敷地全体の軸を茶臼岳に向けた。そして、その軸線上の正面に、12角錐のホール(ピアートホール)を配置し、茶臼岳と対峙させた。

本施設が、町の中心から車で10分かかる丘の上にあることや、限られた建設予算で、多目的機能をもつ施設を作るなどの条件のもとで、大勢の人に利用してもらうには、どのような魅力が必要か、多目的ホールはどうあるべきかがテーマとなった。そこで、色々な要素が入り混じり構成された、都市がもつ賑わいを感じる形態で、どの街角からも人の往来や出逢いがありそうな、そんな期待感のある雰囲気を本施設に作り出そうとした。

中央にあるホールは、活火山の茶臼岳になぞらえ、その岩肌を赤茶色のタイルで仕上た。低層棟は、那珂川両岸の土壁色の民家が建ち並んでいる様子を、カラーコンクリート打放し壁をユニット化することで表現した。また、そのうねった様子は、細長く続くこの地方の防風林になぞらえ、地元特融の風景に新しいリズムを作り出した。

ホールでの催し物を調査した結果、小、中学校の式典、子供のピアノ発表会、地域の演劇や講演など、家族的な催し物が主であった。そこで、現実的な利用度や経済性から、素朴で単純な機構で機能し、省エネルギーとなるホールを目指した。天井の遮光、遮音パネルを開けると、スカイライトからの採光や通風などによって、心地良い室内環境が得られる。重装備な舞台機構や音響装置は、あくまで補助的な設備として設置し利用するのが、地方の中小多目的ホールの現実的なあり方だと考えた。

かつて芭蕉が逗留した、人里からも離れた森の中にある本ホールを、丘の傾斜に沿った野外円形劇場の上に、星の見えるスカイライトをもつ大屋根を覆い被せ、自然の光や風、さらには宇宙をも感じながら、演者と観客が一体になれる、ダイナミックな劇場空間としたかったのである。(中川 巌)